2012年01月18日

死ぬこと

曾祖母が亡くなって感じたこと。
それは、死が人を完成させるんだ、と。
なんでそう感じたのはわからないけど、とにかくそう思った。
いつか私も、きっとあなたのようになります。と、仏前で報告した。

それから数年たって、昨年の3月11日に大きな地震があった。
我が家の被害は幸い大したことが無くて、
食器棚から皿やらコップやらが大量に落っこちたのと、アトリエの壁に亀裂が生じたくらい。
加えるならば、祖母の家の屋根瓦が落ちて割れた。
それでも誰も傷つかなかったし、居なくならなかった。
亡くなった方々が居る上で大変不謹慎かもしれないが、本当に運が良かった。

でも今問題になっているのが放射能。
僕の実家周りはホットスポットになっているらしく、結構な線量らしい。
彼らはたいへん身勝手に僕の寿命を削っていく。
それからは、雨に濡れるのが気になるようになった。
湯船に長く浸かっていられなくなった。
深夜の林道を原付で走り抜けるとき、深い霧の中で深呼吸ができなくなった。
どれも大好きだったのに。
雨どいに頭を向けて寝ることすらも気になるほどだった。

でも最近通勤中に街路樹を見て、その、そこに存在するということ。
すべてを受け入れていくということ。
そういうものに酷く何かを考えされられた。
なにを考えさせられたんだろう?


死ぬ。死ってなんなんだろう。
もし死後とか魂、思念なんかが無いのならば、完全な無なのだろう。
それはとてもシンプルですばらしいことだと思う。
もし死後や魂があるなら、今の身体からの解放。
ちょっと調子が悪くなると、痛くなったりかゆくなったりする身体からの解放。
それもまた素晴らしいことだと思う。

それでも当然死ぬことは怖いし、まだまだ死にたくない。
やりたいことが沢山ある。
行きたい場所も沢山ある。
齢26にして、人の一生は短すぎる。なんて思っちゃったりもする。


死に対する答えなんてないのだろうか。
少なくとも、答えを出せるほどには生きていないのだろう。

ただ、死は人を完成させる。
これは僕の中の確信。
今までいろんな物をゆらゆら作ってきたけど、
本当はこういう確信的なものを表現するべきなのかも知れない。
(表現するべきだ。なんてくそくらえだ)

死、木。
今夜はなにかの転機なのかも。

そういえば以前行った葛西臨海水族館のマングローブの根っこ。
あれは死後の世界のようだった。
近いうちにもう一度行こう。
posted by ひーせ at 02:38| Comment(0) | 考えごと

2011年06月16日

okamoto taro yori

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今日の芸術は、うまくあってはいけない。
きれいであってはならない。
ここちよくあってはならない。

posted by ひーせ at 12:47| Comment(0) | 考えごと